結論から言うと、麻辣湯は「自分で選びたい」「罪悪感なく食べたい」「刺激がほしい」「人に見せたい」という4つの欲望を、1杯で同時に満たしてくる食べ物だった、らしいです。どれか1つなら、ほかの料理でも満たせます。4つが同じボウルに重なっていたのが強かった。

そこに、2018年に一度流行った下地と、SNSの食レポと、「店を開きやすい」という売る側の事情が重なって、2024年から2025年にかけて一気に増えた。順番に見ていきます。

麻辣湯が1杯で満たしてくる、4つの欲望(わたしの見立て)。円を押すと中身が出ます

矢印はぜんぶ真ん中の1杯を向いています。ブームになったのは、どれか1つが飛び抜けていたからではなく、4つが同じ1杯に重なっていたから、というのがわたしの見立てです。

ほんとに、そんなに流行ってるの?

まず数字から。「流行ってる気がする」は、だいたい自分のタイムラインが偏ってるだけなので。

麻辣湯専門店の新規開業数(株式会社Reviewの集計。全国の行政の開業情報をもとにした数字)
2022年
21件
2023年
26件
2024年
47件
2025年
225件
中華の新規のうち
21.2%

2025年は2022年の約10.7倍。同じ期間に、中華料理の店全体の新規開業は1,361件から1,059件へ減っています。ジャンル全体が縮む中で、ここだけが伸びたということです。一番下の棒は、2025年に新しくできた中華料理の店のうち、麻辣湯の専門店が占める割合です。上の4本の長さは、2025年の225件を最大にしたときの比率です。

調べたもの結果
Googleの検索(2025年・日本)レシピの急上昇ランキングで3位
クックパッド 食トレンド大賞20252位。サイト内の「麻辣湯」の検索頻度は前年の452.6%(約4.5倍)
新語・流行語大賞(2025年)ノミネート30語に入る
食品スーパーの「麻辣」関連の売上2025年3〜5月は、その前の冬(2024年12月〜2025年2月)の223%(金額)
15〜29歳600人への調査(2026年6月)流行ったと思うグルメの1位で19.5%。15〜19歳の女性に限ると32.0%
20代女性289人への調査(2026年5月)6割以上が食べたことがあり、そのうち約9割が2回以上食べている

トングを持つと、なんで楽しくなるの?

1つ目は「自分で選びたい」。麻辣湯の店では、具材も、スープも、辛さも自分で決めます。七宝麻辣湯は、自分たちのスタイルを「好きなものを、好きなだけ選ぶ楽しさ」と説明しています。売る側も、ここが売りだと分かってる。

自分で組み立てたものは、同じものでも高く評価してしまう、という研究がいくつかあります。自分でデザインした商品に、既製品より高い金額を払ってもいいと答えた実験。家具を自分で組み立てると愛着がわく「IKEA効果」。どちらも、「自分で作った」という感覚が値打ちを押し上げる、という話です。

外食コンサルタントの永田雅乙さんは、同じように具材を選ぶサブウェイとは定着の仕方が分かれた、と書いていて、麻辣湯の側の理由に「選ぶ楽しさ」を挙げています。わたしの感覚だと、サブウェイは後ろに人が並んでいる中で、店員さんに1つずつ口で伝える。麻辣湯は、黙ってトングで取れる。同じ「選ぶ」でも、しんどさがまるで違います。

辛いのに、なんで「ヘルシー」って顔してるの?

2つ目は「罪悪感なく食べたい」。野菜が見えて、麺は春雨で、スープには「30種以上の薬膳スパイス」(七宝麻辣湯の説明)。いかにも体に良さそうです。

でも永田さんは、麻辣湯は本場では「カロリーの高い“ジャンキーな料理”」として知られているのに、日本では「罪悪感ゼロ」のような印象で広まったのが大きかった、と書いています。同じ料理が、日本では逆の顔で売れている。

一部が健康そうに見えると、全体まで健康そうに見えてしまう。これを「ヘルスハロー(健康の後光)」と言うらしいです。健康をうたうサンドイッチ店の食事は、ハンバーガー店の食事よりカロリーを低く見積もられて、そのぶんサイドや飲み物で高カロリーなものを選びやすかった、という研究があります。

麻辣湯が体にいいか悪いかは、この記事では判断しません。量も塩分も、店と選び方でかなり変わるはずです。言いたいのは、財布が開くかどうかは「ヘルシーかどうか」より「ヘルシーに見えるかどうか」で決まりやすい、ということです。

痺れる辛さって、なんでクセになるの?

3つ目は「刺激がほしい」。麻辣の「麻」は花椒(ホアジャオ)の痺れ、「辣」は唐辛子の辛さです。

花椒の痺れは、唇に塗ると1秒に50回くらいの細かい振動として感じられる、という実験があります。唐辛子の辛さのほうは、味というより、熱や痛みを感じるセンサーが反応している状態です。つまり麻辣は、振動と痛みを同時に食べている。

じゃあ、なんで痛いのに食べたくなるのか。辛いもの、絶叫マシン、泣ける映画。体は「嫌だ」と反応しているのに、本当は安全だと分かっているから楽しめる、という説があります。「良性のマゾヒズム」と呼ばれているそうです。

同じ料理なのに、なんで毎回投稿したくなるの?

4つ目は「人に見せたい」。2024年の暮れには、TikTokで若い女性の麻辣湯の食レポが目立つ、と経済メディアが取り上げています。Googleも2025年の検索ランキングで、「カスタマイズできる楽しさ」などから若い世代のSNSで話題になった、と説明しています。

なんで「今」だったの? 2018年にも一回流行ってたのに

麻辣湯の流行は、実は2回目です。並べるとこうなります。

時期何が起きたか
2007年1月渋谷で「七宝麻辣湯」が創業
2018年1月日経MJの記事で「マー活」(痺れる辛さの料理を食べ歩くこと)という言葉が使われる
2024年3月中国・甘粛省の「天水麻辣燙」が、ネット動画をきっかけに中国全土で話題に
2024年12月TikTokで若い女性の麻辣湯の食レポが目立つ、と経済メディアが報じる
2025年4月に日清「カップヌードル 14種のスパイス麻辣湯」、10月にすき家「牛・胡麻麻辣湯鍋定食」。11月には新語・流行語大賞のノミネートに
2025年の1年間麻辣湯専門店の新規開業が225件(前の年は47件)

2018年のマー活は、辛いもの好きが食べ歩く遊びでした。それが2025年には、カップ麺になり、牛丼チェーンのメニューになった。カップ麺の麻辣湯を買った人を見ると、30〜40代の女性が数量の29%で、いつものカップヌードル(約13%)の2倍以上だったそうです(食品スーパーのPOSデータ)。専門店に並ぶ若い人とは、また別の層に届いています。

キャズム ─ 熱心な人と、普通の人のあいだにある溝
イノベーター2.5%アーリーアダプター 13.5%アーリーマジョリティ 34%レイトマジョリティ 34%ラガード16%キャズム新しさで買う人実績で買う人

左の人たちは「新しいものだから試す」。右の人たちは「みんなが使っていて、失敗しないから買う」。求めている証拠がそもそも違うので、左に効いた言い方をそのまま右に出しても届きません。比率はモデル上の数字で、市場ごとの実測とは一致しません。

なんで、あんなに店が増えたの?

買う側の欲望だけでは、ここまで店は増えません。売る側にとっても、麻辣湯は始めやすい商売らしいです。

開業数を集計したReviewは、麻辣湯は比較的小さなスペースで開けて、スープを仕込み、具材を並べ、お客さんが選んだものを煮るという流れなので、少ない人数でも回しやすい、と説明しています。中華の店の新規開業そのものが2割ほど減っている中で、この身軽さが効いた、ということらしいです。

で、このブームは終わるの?

正直、分かりません。Reviewは、開業数が年ごとに積み上がっていることから、一気に跳ねて失速するブーム型とは違うように見える、と書いています。カップ麺、牛丼チェーン、スーパーの調味料と、専門店の外に広がっているのも、定着に近づいているサインだとは思います。

一方で、店が増えすぎて似たり寄ったりになるのは、どんなブームでも起きることです。4つの欲望のうち、どれが薄まったら客が離れるのか。わたしは「見せたい」だと思っています。見慣れたら、投稿する理由がなくなるので。

この仕掛け、ほかの商品でも使えるの?

4つの欲望を、ほかの商品で使うときの条件に直すと、こうなります。

欲望麻辣湯ではほかで使うなら
選びたい具材・スープ・辛さを自分で選ぶ失敗しても痛くない値段であること。急かされずに選べること
許されたい野菜と春雨と薬膳が目に見える健康そうな部分が、見て分かること。中身が伴わないと、気づかれたときの反動が大きい
痺れたい痺れと辛さを段階で選べる怖さの量を、お客さんが自分で決められること
見せたい人ごとに見た目が変わる写真にしたとき、人と被らないこと

逆に言うと、どれか1つだけ真似しても、たぶん麻辣湯にはなりません。4つが1杯に重なっていたことと、売る側が店を開きやすかったこと。両方がそろっていたから、ここまで増えた。