なんであれ、
あんなに流行ったの?
「すごいですね」で終わる事例紹介が、わたしはずっと苦手でした。すごいのは分かった。で、うちは何をすればいいんですか、っていう。
なので3件、中身を開けます。何が起きて、そのとき世の中がどう動いていて、人のどこに刺さったのか。あと「それ、うちで真似したら死ぬのでは」という話も正直に書きます。
この4つを通さずに「あの会社がやってるから」で企画を通すと、半年後に自分が困ります。経験談です。
マスコットを殺した会社の話
Duolingo ─ 語学アプリあの緑の鳥、知ってますか。語学アプリの。
わたし、3日サボったら通知が来て、鳥がだんだん悲しそうな顔になっていくのが本気で怖くて、それだけで開いた日があります。学びたかったわけじゃなくて、あの鳥に責められたくなかっただけ。
で、その会社が2025年2月、公式に「Duoは死にました」と発表しました。マスコットの死亡告知です。SNSでは追悼が流れ、他社の公式アカウントまで弔意を示し、しばらく本当に葬式みたいな空気になっていました。(この一連は報道で確認できます)
キャラクターを殺すって、普通は炎上では?
わたしもそう思いました。長年育てたマスコットを消すのって、資産を捨てる行為に見える。しかもファンが怒りそうです。実際には逆のことが起きました。怒られるどころか、みんな乗っかった。
何が起きていたか
企業のSNSアカウントが「良い会社です」という顔をやめて、人格を持って喋りはじめたのは、この数年の大きな流れです。真面目な告知は、もう読まれない。そこにあの会社は、自社のマスコットを冗談の対象にするという手を使いました。自虐は、他人を笑うより安全で、しかも見ている側が参加しやすい。
参加しやすさが肝です。「Duoが死んだ」は、ユーザー側が追悼したり、犯人を推理したり、自分のサボりを告白したりできる。ネタの余白が残してある。企業が全部言い切ってしまう広告には、この余白がありません。
人のどこに刺さったのか
ここからは編集部の解釈です。会社が公式に説明した意図ではありません。
- 予測が裏切られた企業アカウントは無難なことを言う、という予想を壊した。脳は予想外のものに注意を向けるので、まず「見られる」条件を突破している。
- 喪失の形をとっている「新登場」より「もう会えない」のほうが、人は反応しやすい。しかも実害はゼロなので、安心して悲しめる。
- 内輪ネタとして機能したあの鳥にサボりを責められた経験がある人だけが、本当の意味で笑える。既存ユーザーにとっては「自分たちの話」だった。
で、数字はどうなったか
ここだけ見ると「キャンペーンが効いた」と言いたくなります。でも、会社自身はそう説明していません。成長の主な要因として挙げているのは、キャンペーンではなく既存の利用者が辞めにくくなったこと、つまり継続の改善です。
バズは一番上の段を広げる仕事です。下の段が抜けていると、広げたぶんだけ落ちます。あの鳥がしつこく通知を送ってくるのは、たぶん一番下の段の担当だからです。
できます。ただし順番が逆だと死にます。先に「3日続く仕組み」があって、そのあとに話題づくりが乗っている。続かない商品で話題だけ作ると、悪評が高速で広がるだけです。
もう一つ。自虐が使えるのは、既に愛されている資産がある場合だけです。誰も知らないマスコットが死んでも、誰も悲しみません。
- Duolingo / SEC|2026年6月期四半期報告 2026年4〜6月の事業指標
- Axios|Duoを使った2025年のキャンペーン 2025-02-15公開 / 報道
フォロワー数を、あえて見なかった話
ONE BY KOSÉ × KEEN ─ スキンケア正直に言います。フォロワー10万人の人が「これ良かったです」って言ってる投稿、わたしほぼスルーしてます。良かったんだろうな、お金もらってるし、と思って終わり。
なのに、自分と同じ趣味の界隈にいる、フォロワー800人の人の「これ地味に良い」は、なぜか信じてしまう。
なんで、数が少ない人の言葉のほうが効くんでしょうね。
何が起きていたか
この事例では、フォロワー数の多さで人を選ぶのをやめて、相性のいい「界隈」にいる発信者に商品を渡しました。しかも渡して終わりではなく、説明会や座談会をやっている。ここが地味に重要です。
商品を送りつけただけの投稿は、だいたい似た文章になります。プレスリリースを読んだ人の感想だからです。でも、実際に説明を聞いて、質問して、他の人の話も聞いた人は、自分の言葉で喋りはじめる。そして界隈の人は、その「自分の言葉かどうか」の判別が異常に上手いです。毎日読んでるので。
左は「一人が言って、みんなが受け取る」形。右は「同じ関心の人どうしが、何度も言い合う」形。同じ人数に届いても、後者のほうが判断に影響しやすい、というのがこの施策の前提です。
世の中のほうも、動いていました
この数年で、フォロワー数がそのまま信頼にはならなくなりました。理由はいくつかあります。広告投稿を見慣れたこと。あと日本ではステルスマーケティングが景品表示法上の規制対象になり、広告なら「広告」と分かるようにする必要が生まれたこと。隠せなくなったぶん、「広告だと分かったうえで、それでも信じられる人は誰か」に価値が移りました。
同じ時期に「界隈消費」という言葉も出てきています。年齢で区切るより、関心のつながりで人が動くという見方です。ある調査では、界隈に所属している人の91%が情報に購買を左右されると答えたと報告されています。ただしこれは回答者375名のうちの比率で、日本全体の数字ではありません。
で、数字はどうなったか
240% は2.4倍という意味であって、「240%増えた(=3.4倍)」ではありません。日本語の資料でこの2つが混ざっていることが本当に多くて、社内で伝言されるうちに数字が勝手に育ちます。
あと、これは施策を支援した企業の自己報告です。費用も、比較条件も、増えた売上も開示されていません。「表示された」と「売れた」の間には、まだ距離があります。
1本ぶん違います。他社の数字を引用するときは、元の資料の表記をそのまま持ってきてください。
フォロワー数で選ぶのをやめる、はすぐできます。難しいのは「うちの界隈がどこか」を知っていることのほう。ここが分かっていないと、ただ小さいアカウントに配っただけになります。
それと、説明会をやる体力。渡して終わりなら安いですが、その場合は投稿もプレスリリースの言い換えになります。この事例のコストは、たぶんそこにあります。
- KEEN|ONE BY KOSÉの界隈ギフティング事例 2026年公開 / 支援企業の自己報告、ページ更新2026-08-07
- KEEN|界隈レポート2026 2026-05-19公開 / 全体n=375
- 博報堂 / SHIBUYA109 lab.|界隈消費の共同レポート 2024-11-15公開
- 消費者庁|ステルスマーケティング規制 制度解説
全部無料で教えたら、なぜか売れた話
HubSpot ─ 業務ソフト無料のオンライン講座で、なんかの認定バッジを取ったことがあります。無料なのにやたら丁寧で、修了証まで出て、ちょっと嬉しくてSNSに貼りました。
あれ、いま思うと完全に営業だったなと思っています。しかも、まんまと乗ってる。
というか、全部無料で教えたら、誰も買わなくなりません?
ふつうそう思います。知識を出し惜しみして「続きは商談で」とやったほうが儲かりそうです。実際には逆でした。
何が起きていたか
この会社は、無料の学習講座と無料で使えるツールを用意しています。マーケティングのやり方を教えて、そのやり方を実行するための道具も無料で渡す。ここまでやって、はじめて有料版の話が出てきます。
背景にあるのは、BtoBの買い物のしかたが変わったことです。昔は営業に会って教えてもらうところから始まりました。今は、営業に会う前に検索して、記事を読んで、比較して、社内で議論して、ほぼ決まった状態で問い合わせが来る。つまり、検討の大部分が営業の見えないところで終わっている。
だとしたら、その見えない時間に置いておけるものを持っている会社が有利です。それが講座と無料ツールでした。
重要なのは真ん中です。無料ツールを使うと、自分の顧客リストや設定がそこに溜まります。有料に上がるかどうか以前に、他社へ引っ越すのが面倒になる。親切なだけの無料ではないです。
人のどこに刺さったのか
ここからは編集部の解釈です。
- 先にもらってしまったタダで役に立つものを受け取ると、人は返したくなる。この場合の「返す」は、検討候補に入れることだった。
- 自分のデータが人質になる無料ツールに入力した設定と履歴は、乗り換えるときに全部やり直しになる。使うほど動けなくなる。
- 「分かる人」になれた講座を修了した人は、社内で説明できる側に回る。そして自分が学んだやり方に沿った道具を提案する。ここでは顧客が、社内の営業担当になっている。
で、数字はどうなったか
事業の売上は、集客も営業も製品も価格もぜんぶ混ざった結果です。「無料講座をやったから20%伸びた」とは言えません。言えるのは「この規模の会社が、無料で教える仕組みを長く続けている」という事実までです。
いちばん再現しにくい事例です。理由は時間。この仕組みは、講座を作って、記事を書いて、無料ツールを維持して、それを何年も続けてやっと効きます。半年で成果を求められる部署がやると、途中で止まって何も残りません。
小さく始めるなら、「うちのお客さんが検索してるのに、まともな答えがどこにも無い質問」を1つ見つけて、それに本気で答えるところからです。全部を教える必要はないです。
- HubSpot|2026年第2四半期決算 2026-08-05公開 / 2026年4〜6月実績
- HubSpot|HubSpot Academy 公式サービス
- HubSpot|無料ツール 公式サービス / 条件は変更される可能性あり
3件に共通していたこと
並べてみると、派手さの種類はバラバラなのに、下敷きは同じでした。
- 話題は入口で、本体は別にあった鳥の死も、界隈の投稿も、無料講座も、全部「入口」の仕事。売上が決まっていたのは、継続の仕組み・信頼の構造・乗り換えにくさという、地味な側にある。
- お客さんに余白を渡していたネタに乗る余白、自分の言葉で語る余白、社内で説明する余白。言い切らないぶん、受け取った側が動いてくれている。
- 世の中の変化に乗っただけで、起こしてはいない広告疲れ、フォロワー数への不信、営業前に終わる検討。3件とも、既に起きていた変化に形を合わせた。流れは作れないけど、乗ることはできる。
事例を読んで元気が出るのは良いことなんですけど、元気が出た状態のまま企画書を書くのが一番危ないと思っています。だいたい「うちにも同じ条件がある」ことにしてしまうので。
なので最初の4つの問いに戻ってください。何が伸びたのか、何と比べたのか、いくらかかったのか、うちに同じ条件があるのか。4つ目で正直に「無い」と言えたら、その企画はまだ助かります。